東京高等裁判所 平成9年(行ケ)33号 判決 1998年6月24日
大阪市淀川区野中南2丁目11番48号
原告
日本ピラー工業株式会社
代表者代表取締役
岩波清久
訴訟代理人弁理士
鈴江孝一
同
鈴江正二
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
藤井俊二
同
主代静義
同
田中弘満
同
小川宗一
主文
特許庁が、平成7年審判第12218号事件について、平成8年12月27日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成3年1月24日、名称を「流体機器の管継手構造」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願をした(特願平3-6944号)が、平成7年5月16日に拒絶査定を受けたので、同年6月15日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を、平成7年審判第12218号事件として審理した上、平成8年12月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成9年1月30日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
内周面に流体管の一端押し込み部が挿入される流体通路より大径の受口を有するとともに外周面に雄ねじ部を有し、耐薬品性および耐熱性に優れた特性をもつ弗素樹脂により形成された流体機器本体の流体通路端部に一体形成された筒状の継手本体部と、この継手本体部の受口に軸線に対して傾斜させて形成されたシール部と、このシール部に当接するシール部を有する樹脂製シールリングと、上記継手本体部の外周雄ねじ部に螺合可能で、螺進により上記両シール部に密封力を与える押輪とを備え、かつ、上記シールリングが、流体の流動を妨げない状態で弗素樹脂製流体管の一端部に圧入することにより該流体管の一端押し込み部を拡径するインナリングからなり、このインナリングの内端部および外端部にそれぞれ、上記継手本体部における受口の奥部および入口部に軸線に対して傾斜させて形成された一次及び二次シール部に当接するシール部が形成されているとともに、上記インナリングの内径が上記流体機器本体の流体通路の内径と同一径に設定されていることを特徴とする流体機器の管継手構造。
3 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、実願平1-69378号(実開平2-117494号)のマイクロフィルム(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないとしたものである。
第3 原告主張の取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例発明との相違点の認定、相違点(1)の判断における慣用技術の認定(審決書8頁20行~9頁7行)、相違点(2)についての判断(同9頁11行~10頁2行)は、認めるが、その余は争う。
審決は、引用例発明を誤認した結果、本願発明との一致点についての認定を誤る(取消事由1)とともに、相違点(1)についての判断を誤り(取消事由2)、本願発明の有する顕著な作用効果を看過したものである(取消事由3)から、違法として取り消されなければならない。
1 一致点の誤認(取消事由1)
審決は、本願発明と引用例発明との一致点として、「インナリングの内径が上記流体機器本体の流体通路の内径と同一径に設定されている」(審決書8頁8~9行)と認定しているが、誤りである。
すなわち、引用例発明は、インナリングを管材の一端部内に圧入し、これを継手本体の受口内に挿入して、管材を継手本体に接続させるものであり、インナリングの内径と継手本体の内径が同一径であることは明らかであるが、引用例(甲第4号証)には、管継手と別体に構成される流体機器本体は全く開示されてないのであるから、引用例発明のインナリングの内径が流体機器本体の流体通路の内径と同一径に設定されているということはできず、この点において、本願発明と一致すると認定することは許されない。
被告は、継手本体が設けられた流体機器本体において、流体機器本体と継手本体との流体通路を同一径に形成することが周知技術であるとして、引用例発明においては、インナリングの内径が継手本体の流体通路の内径と同一径に設定されているので、上記周知技術を適用すれば、インナリングの内径は、当然、流体機器本体の流体通路の内径と同一径に形成されているとみることができるし、本願発明のこのような構成が、進歩性を有するものでもないと主張する。
しかし、このような主張は、本願発明におけるインナリングの内径が流体機器本体の内径と同一径である構成が、引用例発明との相違点として挙げられた場合にいえることであり、審決では、この構成を相違点として認定せず、しかも、その点について検討もしていないのであるから、上記の被告の主張は、審決で認定判断した範囲から逸脱するものといえる。もし、このような検討が全く行われていない不備の審決に対して、審決取消訴訟の場で新たに公知文献を提出して審理を行えばよいというのであれば、何のために審決において理由を記載すべきこととしているのか、その存在意義が失われてしまい、不合理といわなければならない。
なお、流体機器本体と継手本体との流体通路を同一径に形成することが、周知技術の1つであることは認めるが、これは、インナリングを備えない一般的な管継手についていえることであり、引用例発明のような、インナリングを備える特殊な樹脂製管継手において、継手本体の流体通路と流体機器本体の流体通路とを同一径に形成しているとみることはできない。
2 相違点(1)の判断誤り(取消事由2)
審決が、相違点1の判断において、「樹脂製の流体機器において、流体機器本体の流体通路端部に継手を一体形成し、部材数を少なくすることは、慣用的に行われている技術である(例えば、特開昭62-63272号公報、実願昭57-27155号(実開昭58-132266号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム、参照)」(審決書8頁20行~9頁7行)と認定したことは認めるが、「引用例記載の発明において、継手本体1を流体機器本体の流体通路端部に一体形成することは、当業者が容易にできる程度の設計事項にすぎない。」(同9頁7~10行)と判断したことは、誤りである。
すなわち、流体機器本体の流体通路端部に継手を一体形成することが慣用技術であるとしても、このような一般的な技術から、当業者は、本願発明のような細部にわたる構成、具体的には、一体形成の継手本体部の内周面に流体管の一端押し込み部が挿入される流体通路より大径の受口を有するとともに、外周面に雄ねじ部を有し、この継手本体部における受口の奥部に軸線に対して傾斜させて形成された一次シール部に当接するシール部がインナリングの内端部に形成され、この継手本体部における受口の入口部に軸線に対して傾斜させて形成された二次シール部に当接するシール部がインナリングの外端部に形成され、この継手本体部の外周雄ねじ部に螺合可能で、螺進により両シール部に密封力を与える押輪を備えている構成を、容易に採用できるものではない。
3 顕著な作用効果の看過(取消事由3)
審決は、「本願発明が奏する効果は引用例に記載された発明、慣用技術及び周知事項から当業者が予測できる程度のことであって格別のものではない。」(審決書10頁3~5行)と判断するが、誤りである。
すなわち、本願発明は、引用例発明、慣用技術及び周知事項に記載された構成との相違に基づいて、以下の(1)~(3)のとおり、格別顕著な作用効果を有するものであり、この作用効果は、当業者が予測できる程度のことではない。
(1) インナリングを用いた管継手構造によって、継手本体部の受口に形成されたシール部とインナリングのシール部との間に、それぞれ強い密封力を発生させるとともに、両シール部の温度変動にともなう応力緩和も抑制して、高いシール性を維持することができる。
(2) 流体機器本体と継手本体部とが弗素樹脂により一体形成されることにより、両者間にねじ接続部が存在しないので、流体の漏れや流体の圧力変動に伴う継手本体の脱落という危険性を皆無にすることができる。
(3) 流体機器本体と継手本体部との間に段部がないことと、シールリングを構成するインナリングの内径が流体機器本体の流体通路の内径と同一径であることによって、流路断面が一様になり、流体を滞留させることなく円滑な流動性を保って、流体の変質、純度低下等の不都合をなくすことができる。
第4 被告の主張
審決の認定判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。
1 取消事由1について
引用例において、インナリングの内径が流体機器本体の内径と同一径に設定されているか否かが不明であることは、認める。
しかし、継手本体が設けられた流体機器本体において、流体機器本体と継手本体との流体通路を同一径に形成することは、以下のとおり、周知技術である。そうすると、引用例発明においては、インナリングの内径が継手本体の流体通路の内径と同一径に設定されているのであるから、このインナリングの内径は、当然、流体機器本体の流体通路の内径と同一径に形成されているとみることができるものであり、審決における一致点の認定に誤りはないし、本願発明が、このような構成を採用したことに、進歩性が認められるわけでもない(ただし、インナリングを用いて流体管と接続した継手本体を流体機器本体と接続する場合に、インナリングと流体機器本体の内径を同一径とすることが周知技術であることを示す技術文献等は、提出することができない)。
すなわち、特開昭62-63272号公報(甲第5号証)において、継手本体の流路と、それに続く流体機器本体の流体通路とに形成された段差は、配管挿入用の段差とみるのが相当であり、本願発明における「受口」に相当しているから、流体機器本体に対応する弁ポート側部分と継手本体に対応する入口流路側部分との流体通路は、同一径に形成されているから、流体機器本体と継手本体との流体通路は同一径に形成されている。また、実開昭58-132266号公報(甲第6号証)の第2、第3図においても、導液管5は管材に該当するものであり、本願発明と同様に、比較的弁体ケース寄りの流体通路が、流体機器本体の流体通路とみるべきであるから、流体機器本体と継手本体との流体通路は同一径に形成されているといえる。
さらに、流体機器本体と継手本体との流体通路を同一径に形成することは、特開昭62-237192号公報(甲第7号証)、実開昭62-194977号公報(乙第2号証)、実開昭63-35873号公報(乙第3号証)、実開昭58-193184号公報(乙第4号証)及び特開昭52-13122号公報(乙第5号証)にも示されているとおり、周知技術といえるものである。
2 取消事由2について
原告が主張する、本願発明の構成、すなわち、一体形成の継手本体部の内周面に流体管の一端押し込み部が挿入される流体通路より大径の受口を有するとともに、外周面に雄ねじ部を有し、この継手本体部における受口の奥部に軸線に対して傾斜させて形成された一次シール部に当接するシール部がインナリングの内端部に形成され、この継手本体部における受口の入口部に軸線に対して傾斜させて形成された二次シール部に当接するシール部がインナリングの外端部に形成され、この継手本体部の外周雄ねじ部に螺合可能で、螺進により両シール部に密封力を与える押輪を備えている構成は、流体機器本体に継手本体部が一体形成された点を除いて、引用例発明がすべて備えているものである。
そして、流体機器本体の流体通路端部に継手を一体形成することが慣用技術であることは、原告も自認するところであるから、この慣用技術を引用例発明に適用し、相違点(1)に係る構成を採用することが、当業者が容易にできる程度の設計事項であるとした審決の判断(審決書9頁7~10行)に、誤りはない。
3 取消事由3について
上記のとおり、相違点(1)についての審決の判断に誤りはなく、原告の主張する本願発明の効果は、引用例発明、慣用技術及び周知事項から当業者が予測できる程度のことであり、審決の効果の予測性の判断(審決書10頁3~5行)にも、誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の誤認)について
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定、引用例において、インナリングの内径が流体機器本体の内径と同一径に設定されているか否かが不明であることは、いずれも当事者間に争いがない。
本願発明について、本願明細書(甲第2、第3号証)には、「上記構成のものにおいては、流体機器本体30と継手本体33とが別体でねじ接続されるものであるから、そのねじ接続部からの流体の漏洩を避けることが困難である。・・・継手本体33側の樹脂のクリープ現象や応力緩和によりねじ接続部の密着性が一層悪化して、流体漏れを生じるばかりでなく、ねじ接続部に形成される段部Aを介して加わる流体圧力によって継手本体33が脱落するという問題がある。・・・さらに、ねじ接続部に形成される段部Aに移送流体が滞留しやすく、その滞留した流体が高温に晒されると、流体が変質し、純度が低下するという問題がある。」(甲第3号証明細書2頁22行~3頁7行)、「流体機器本体と継手本体部とを弗素樹脂により一体形成して両者間に流体漏れや継手本体部の脱落の要因となるねじ接続部をなくしているので、接続時におけるねじ込み作業を少なくして作業性の向上を達成できるとともに、・・・流体機器本体と継手本体部との間に段部の発生による流体の滞留部が形成されないとともに、シールリングを構成するインナリングの内径を流体機器本体の流体通路の内径と同一にして、管継手部の全長に亘る流路断面を一様にできることとによって、流体を滞留させることなく、流体の円滑な流動性を保って流体の変質、純度低下等の不都合をなくすることができる。」(同8頁30行~9頁13行)と記載されている。
これらの記載によれば、本願発明は、従来の管継手において、流体機器本体と継手本体とが別体でねじ接続されることから、その接続部からの流体の漏洩、継手本体の脱落、接続部に形成される段部に流体が滞留して変質するという問題があったので、この問題の解決を技術課題として、本願発明の要旨の構成を採用し、この結果、高いシール性と抜け止め保持機能を達成し、接続時のねじ込みの作業性を向上させるとともに、シールリングを構成するインナリングの内径を流体機器本体の流体通路の内径と同一径にして、管継手部の全長に亘る流路断面を一様にすることにより、流体を滞留させることなく円滑な流動性を保って、流体の変質、純度低下等の不都合をなくすことができるという作用効果を奏するものと認められる。
これに対し、引用例(甲第4号証)によれば、引用例発明は、本願発明の出願人である原告の出願によるものであり、本願明細書において、従来技術として掲げられた管継手構造を有するものである(甲第3号証明細書1頁26行~2頁10行)が、流体機器本体と継手本体とが別体でねじ接続される点を除いて、本願発明と同様の構成であり、インナリングの内径が継手本体の流体通路の内径と同一径に設定されていると認められる。しかし、本願明細書の図4における従来技術の構成が、インナリングの内径、継手本体の内径及び流体機器本体の内径を、すべて同一径に設定しているのとは異なり、引用例自体においては、被告も自認するとおり、インナリングの内径と流体機器本体の内径とを同一径に設定する構成が、開示されていないことが明らかである。
したがって、審決が、本願発明と引用例発明との一致点として、何の根拠も示すことなく、「インナリングの内径が上記流体機器本体の流体通路の内径と同一径に設定されている」(審決書8頁8~9行)と認定したことは、誤りというほかない。
被告は、引用例において、インナリングの内径が流体機器本体の内径と同一径に設定されているか否かが不明であることを認めながら、継手本体が設けられた流体機器本体において、流体機器本体と継手本体との流体通路を同一径に形成することが周知技術であるとして、引用例発明においては、インナリングの内径が継手本体の流体通路の内径と同一径に設定されているので、上記周知技術を適用すれば、インナリングの内径は、当然、流体機器本体の流体通路の内径と同一径に形成されているとみることができるし、本願発明のこのような構成が、進歩性を有するものでもないと主張する。
しかし、本願発明は、前示のとおり、インナリングの内径を流体機器本体の流体通路の内径と同一径にして、管継手部の全長に亘る流路断面を一様にすることにより、流体の円滑な流動性を保つことを、その重要な作用効果の1つとするものであり、このような本願発明における特徴的な構成である、インナリングの内径が流体機器本体の流体通路の内径と同一径である点について、引用例発明の構成が不明であるならば、まず、そのことを相違点に明示した上で、従来の周知技術等を考慮し、当該構成の有する進歩性ないし容易推考性を検討すべきものといわなければならない。このような相違点の認定を行うことなく、しかも、審決で示されていない、流体機器本体と継手本体との流体通路を同一径に形成するという周知技術を適用して、引用例発明の構成を推認したり、当該構成の進歩性等を検討することは、許されるものではないから、被告の上記主張を採用する余地はない。
以上のとおり、審決は、上記の相違点の認定及びそれについての検討を全く行っておらず、このことが審決の結論に影響を及ぼすおそれがあることは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、審決は取消しを免れない。
2 よって、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成7年審判第12218号
審決
大阪市淀川区野中南2丁目11番48号
請求人 日本ピラー工業 株式会社
大阪府大阪市北区小松原町2番4号 大阪富国生命ビル607号 鈴江国際特許事務所
代理人弁理士 鈴江孝一
大阪府大阪市北区小松原町2番4号 大阪富国生命ビル607号 鈴江国際特許事務所
代理人弁理士 鈴江正二
平成3年特許願第6944号「流体機器の管継手構造」拒絶査定に対する審判事件(平成4年9月3日出願公開、特開平4-248095)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
Ⅰ.手続の経緯・本願発明
本願は、平成3年1月24日の出願であって、特許を受けようとする発明(以下、「本願発明」という。)は、平成8年10月28日付けの手続補正書によって補正された明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりの、
「内周面に流体管の一端押し込み部が挿入される流体通路より大径の受口を有するとともに外周面に雄ねじ部を有し、耐薬品性および耐熱性に優れた特性をもつ弗素樹脂により形成された流体機器本体の流体通路端部に一体形成された筒状の継手本体部と、この継手本体部の受口に軸線に対して傾斜させて形成されたシール部と、このシール部に当接するシール部を有する樹脂製シールリングと、上記継手本体部の外周雄ねじ部に螺合可能で、螺進により上記両シール部に密封力を与える押輪とを備え、かつ、上記シールリングが、流体の流動を妨げない状態で弗素樹脂製流体管の一端部に圧入することにより該流体管の一端押し込み部を拡径するインナリングからなり、このインナリングの内端部および外端部にそれぞれ、上記継手本体部における受口の奥部および入口部に軸線に対して傾斜させて形成された一次および二次シール部に当接するシール部が形成されているとともに、上記インナリングの内径が上記流体機器本体の流体通路の内径と同一径に設定されていることを特徴とする流体機器の管継手構造。」
にある。
Ⅱ.引用例
当審の拒絶の理由で通知した実願平1-69378号(実開平2-117494号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(以下、「引用例」という。)には、「本考案はこのような事情に鑑みてなされたもので、強い抜け止め力を有し、流体の温度変動にかかわらず応力緩和が抑制され、すぐれたシール性を確保できるとともに、高純度液や超純水用の配管にも適用可能な流路特性を備えた樹脂製管継手の提供を目的としている。」(第6頁第10行~15行)及び「第一図は本考案による樹脂製管継手の半截断面図であり、図において樹脂製管継手は、例えばPFA、PTFE、ETFE、CTFE、ECTFE等の耐薬品性および耐熱性にすぐれた特性を有する樹脂によつて形成された継手本体1、インナリング2および押輪4とから構成されている。
継手本体1は筒状のもので、少なくとも一端部に受口10の奥部に軸線Cに交差状の第一の一次シール部11が形成されるとともに、受口10の入口にも軸線Cに交差状の二次シール部12が形成されている。また、受口10の外周には雄ねじ部13が形成されている。前記受口10の内径は胴部14の内径よりも大径に形成されており、その奥端から軸方向外方に向けて漸次縮径して胴部14の径内面に至るテーパ面によつて前記第一の一次シール部11が形成されている。一方、二次シール部12は、受口10の外端近傍の径内面から軸方向外方に向けて漸次拡径して雄ねじ部13のつけ根にに至るテーパ面によつて形成されている。即ち、二次シール部12は受口10の入口に形成されている。
インナリング2は、その内端部に継手本体1の受口10に嵌合できる外径の嵌合部20を形成するとともに、この嵌合部20との接続部近傍が管材5の肉厚相当分だけ小径である圧入部21を嵌合部20に連続して形成してなり、全体としてスリーブ状になつている。このインナリング2の内径は管材5の内径および継手本体1の胴部14の内径と同一に設定して流体の移動(流動)を妨げないようにしている。また、このインナリング2の内端には第一の一次シール部11に街合する、テーパ面によってなる内端シール部22が形成されている。……外周シール面25は、その傾斜角度が前記継手本体1の二次シール部12の傾斜角度と一致するとともに、内端シール部22が第一の一次シール部11に衝合したとき、二次シール部12との対向間隔が管材5の肉厚相当となるよう形成されている。」(第9頁第17行~第12頁4行)と記載されている。
図面及び上記記載を総合すると、引用例には、
内周面に流体管の一端押し込み部が挿入される流体通路より大径の受口10を有するとともに外周面に雄ねじ部13を有し、耐薬品性および耐熱性に優れた特性をもつ弗素樹脂により形成された筒状の継手本体1と、この継手本体1の受口10に軸線に対して傾斜させて形成されたシール部と、このシール部に当接するシール部を有する樹脂製インナリング2と、上記継手本体1の外周雄ねじ部13に螺合可能で、螺進により上記両シール部に密封力を与える押輪4とを備え、かつ、上記インナリング2が、流体の流動を妨げない状態で管材5の一端部に圧入することにより該管材5の一端押し込み部を拡径する圧入部21と嵌合部20からなり、この嵌合部20の内端部および圧入部21の外端部にそれぞれ、上記継手本体1における受口10の奥部および入口部に軸線に対して傾斜させて形成された一次および二次シール部11、12に当接する内端シール部22、外周シール面25が形成されているとともに、上記圧入部21と嵌合部20の内径が上記継手本体1の流体通路の内径と同一径に設定されているれている流体機器の管継手構造が記載されている。
Ⅲ.対比
そこで、本願発明と引用例記載の発明とを比較すると、引用例記載の発明における「インナリング2」、「管材5」及び「圧入部21と嵌合部20」が、本願発明における「シールリング」、「流体管」及び「インナリング」にそれぞれ相当しているので、本願発明と引用例記載の発明は、
内周面に流体管の一端押し込み部が挿入される流体通路より大径の受口を有するとともに外周面に雄ねじ部を有し、耐薬品性および耐熱性に優れた特性をもつ弗素樹脂により形成された流体機器本体の流体通路端部に一体形成された筒状の継手本体部と、この継手本体部の受口に軸線に対して傾斜させて形成されたシール部と、このシール部に当接するシール部を有する樹脂製シールリングと、上記継手本体部の外周雄ねじ部に螺合可能で、螺進により上記両シール部に密封力を与える押輪とを備え、かつ、上記シールリングが、流体の流動を妨げない状態で弗素樹脂製流体管の一端部に圧入することにより該流体管の一端押し込み部を拡径するインナリングからなり、このインナリングの内端部および外端部にそれぞれ、上記継手本体部における受口の奥部および入口部に軸線に対して傾斜させて形成された一次および二次シール部に当接するシール部が形成されているとともに、上記インナリングの内径が上記流体機器本体の流体通路の内径と同一径に設定されている流体機器の管継手構造で、一致しており、
(1)本願発明は、継手本体部が流体機器本体の流体通路端部に一体形成されているのに対し、上記引用例記載の発明は、その構成が不明である点
(2)本願発明は、流体管が弗素樹脂製であるのに対し、上記引用例記載の発明は、流体管の材質が不明である点
で、両者は相違している。
Ⅳ.当審の判断
まず、相違点(1)について検討するに、樹脂製の流体機器において、流体機器本体の流体通路端部に継手を一体形成し、部材数を少なくすることは、慣用的に行われている技術である(例えば、特開昭62-63272号公報、実願昭57-27155号(実開昭58-132266号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム、参照)ので、引用例記載の発明において、継手本体1を流体機器本体の流体通路端部に一体形成することは、当業者が容易にできる程度の設計事項にすぎない。
次ぎに、相違点(2)を検討するに、引用例記載の発明は、流体の温度変動にかかわらずすぐれたシール性を確保でき、しかも高純度液や超純水用の配管にも適用可能な流路特性を備えた樹脂製管継手に関するものであり、管継手本体は、耐薬品性および耐熱性にすぐれた特性を有する弗素樹脂で形成されている。そして、弗素樹脂で形成した流体管は周知である(例えば、特開昭62-237192号公報参照)ので、管継手本体と同様に管材5も耐薬品性および耐熱性にすぐれた特性を有する弗素樹脂で構成することは当業者なら容易に想到できることである。
また、本願発明が奏する効果は引用例に記載された発明、慣用技術及び周知事項から当業者が予測できる程度のことであって格別のものではない。
Ⅴ.むすび
したがって、本願発明は、その出願前に国内で頒布された引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成8年12月27日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)